猫も杓子も構造化

発達障害、特別支援などについて書いています。最近は心理学関係の内容が多めです。

心理検査の標準化とサンプル数

服部 環, 藤田 和弘, 石隈 利紀, 青山 眞二, 熊谷 恵子, 小野 純平(2014).日本版KABC-IIの尺度構成と標準化. 日本教育心理学会総会発表論文集 (56), 276, 2014-10-26

CiNii 論文 -  PB023 日本版KABC-IIの尺度構成と標準化(測定・評価・研究法,ポスター発表B)

日本版K-ABC-Ⅱの標準化の際に用いたサンプルについての報告。全体としてのサンプル数は2587名で、年齢を6ヶ月ごとに区切ると、それぞれのサンプル数は平均78.4名であったと報告されている。

適応年齢が広がれば広がるほどサンプル数も必要になり、その分お金も時間もよりかかる訳である。検査内容の流出に厳しかったり、検査キットの値段が高かったりするのももっともな話だなぁと思う。

山田剛史他『Rによるやさしい統計学』

Rによるやさしい統計学

Rによるやさしい統計学

最近この本を読んでいるがとても良い。特に、標本分布などを実際にデータを発生させて確認できる点。理論的に求められる確率分布を「経験的に近似」できるので、他の統計の教科書で言われていることが腑に落ちる感覚。

ただ統計で使われる各種概念についての説明は簡素なので1冊目にこれを持ってくるときついだろう。言われたとおりにコマンドを打ち込んでいるだけだと、結局それが統計的に何をやっているのか分からなくなるかもしれないので、他の定評あるテキストを読んだ後に自分でデータを発生させたりいじってみるのがオススメ。

アメリカ知的発達障害学会

アメリカ知的発達障害学会(と訳すのかは知らないけどAAIDD)のホームページを見ていると、色んな研究があるんだなぁと勉強になる。無料で見れる記事やら講義やらがとても充実している。

aaidd.org

旭出学園教育研究所編『S-M社会生活能力検査の活用と事例-社会適応性の支援に活かすアセスメント』

S-M社会生活能力検査の活用と事例 ‐社会適応性の支援に活かすアセスメント‐

S-M社会生活能力検査の活用と事例 ‐社会適応性の支援に活かすアセスメント‐

まず印象に残ったことは、この検査から分かることはあくまで社会生活能力のおおまかな指標なのだということ。これ単体で何か有効な結論が出せるかというとなかなか難しく、実際の支援のためには他のアセスメントや普段の行動の聞き取り、行動観察など様々な情報を総合的に解釈して行なう必要がある。本書に収められている20の事例もそのように解釈を行っていたと思う。

特に、検査室で行なう心理検査での値と比べて、社会生活能力指数がそれより高かったり低かったりする事例もあり、アセスメントに厚みを持たせるために、WISCやビネーなんかとバッテリーを組ませると良いなぁと思った。

1部の検査概要部分にも書いてあるが介入効果の検証みたいな目的だと、成長に伴う自然な変動なのか、介入の効果なのか分けて考えることが難しいだろうが、比較的長いスパンで教育プログラムの全般的な効果の測定といったような文脈だと使いやすかいもしれない。実施にかかるコストも小さいし。

本書の直接的な内容ではないのだが、ASA検査も使い勝手が良さそうだと思った。自分は扱ったことないけど。とくに、発達障害や知的な遅れが少ない児童生徒なんかは支援につながりやすいのでは、と思う。

以下、自分のためのメモ。

S-M社会生活能力検査は社会生活のおおよその発達水準や個人内差を捉えるための初期アセスメントとして位置づけられるものであり、(...) p.5

AAIDDによる適応スキルの3領域に分けた整理 p.9

AAIDD(2010)は、この考え方[問題行動が、与えられた環境条件に対して実は「適応的」に機能しているということ]が高い知的機能の人には適用されないことが多いとしており、(...) p.11

[社会生活年令は]各領域の項目数がそれほど多くないため、非常に大ざっぱな尺度であり、おおよその発達レベルを見るにとどめるべきである。p.15

このような、構造化された場面で示すことのできる能力を、日常場面で応用する力の弱い事例に対し、多岐にわたるライフスキルの指導を効果的に行なうには、ある程度枠組みがはっきりしたシンプルな環境の中でスキルの基本を身につけることが求められる。それに加えて特別支援学校のように、日常場面で応用する場面を個に配慮しつつ設定できる環境の中で教育を受ける機会が必要だったのではないだろうか。本事例のように知的レベルと社会生活能力がかけ離れている場合、そのバランスを考慮して進路を選ぶためには、社会生活能力は軽視されてはならない。p.104

TTAP副読本を読む(続き)

前回の記事の続き。

nekomosyakushimo.hatenablog.com


後半の事例と解説を読んだメモ。

【事例7】
特別支援学校での移行支援への活用。主に対人関係面のソフトスキルを指導している。DACを作業学習内に取り入れている例が紹介されている。文字ベースの手順表や台詞などの支援が多い。現場実習では機能領域別に様子をまとめている。

【事例8】
就労移行支援事業所での活用。一度就職したが離職してしまい、再就職を目指している成人男性を対象とした事例。TTAPを受けること自体をソーシャルストーリーズで情報提供するなど、さすが自閉症支援界隈で有名な「それいゆ」だなぁと思う。ちなみに心理検査を受けることについてのストーリーの文例があれば全国的にそこそこニーズあるんじゃないか。TTAPのマニュアルが想定しているオフィシャルな使い方を丁寧にやっている(やや解説・教科書チック)。ソーシャルストーリーズやコミック会話での支援を行っているが、これらはソフトスキルの獲得を支援する場面でこそ使えるということを再確認する。事例の内容には直接関係ないが、たくさんの文献に参照しているが文献リストがついてないのでつけてほしい。

【事例9】
発達障害者支援センター利用の特別支援学校5年生への活用事例。地域へのトランジッションを目的としていて、セッションでのワークシステムの訓練や買い物に必要な学習から地域での実際の買い物を通じたインフォーマルなアセスメントの活用に段階的に般化のプロセスを設定している。ひとつひとつが丁寧に書いてあり参考になる。

【事例10】
専門学校学生の進路指導への活用事例。職員が実習を行い、その情報をベースに本人の実習へとつなげている。学校担任、支援センター相談員、ジョブコーチが連携をするのに使っている。どのような段取りで、移行のためのミーティングを持っていったかなどが詳しく知りたいと思った。

【事例11】
特別支援学校高等部の生徒を対象に機能的コミュニケーションの指導に活用した事例。フォーマルアセスメントから①特性、②目標とするスキルの例、③有効な支援方法が記載された「就労支援の分析フォーム」を作成し、その中から「報告」のスキルをピックアップして指導している。校内の作業学習でのインフォーマルアセスメントで支援方略を決定して、DACで日々評価するというお手本のような流れ。現場実習では、同じスキルを発揮できるかみるために、CSAWを実施した上で支援を決定してDACで評価という丁寧な実践。

【事例12】
成人の多機能型事業所利用者の一般就労への移行に活用した事例。フォーマルアセスメント→目標スキル設定→通所施設での実習(CSAW・DAC)の活用という流れ。細かく構造化の程度を変更しているがインフォーマルアセスメントはそういった変更への融通が効く店と、それが形として残っていく点が移行において強みを発揮するなぁと思った。

【解説】

125ページには次のように書かれている。

TTAP実践は学校教育の時期に開始されることとされたこと、その時期にTTAPフォーマルアセスメントセクションは実施されるべきで、そして、生涯に1回きりの実施とし、その後はその人の成長やスキルアップに合わせてTTAPインフォーマルアセスメントセクションのプロセスを繰り返して、CRSにため込んでいくことで、何回もフォーマルアセスメントセクションを実施する必要が内容に造り込まれていること、などがあげられます。(下線、太字ともに原文のまま)

これを読む限り、フォーマルセクションの位置づけというのは支援方略の確定的な側面が強くて、そこから大きく発達段階や知的機能などが変わることは想定していないのだろうと思う。それをベースにインフォーマルセクションを基にして蓄積していくスキルが就労移行へ向けた支援・指導の要なのだろうから、フォーマルセクションで終わらせてしまっては、旨味を活かしきれずもったいないのだろう。いずれにせよユニークなアセスメントであることは間違いないと思う。

梅永雄二・服巻智子 著/監修『副読本:TTAP 自閉症スペクトラムの移行アセスメントプロフィールTTAPの実際』

TTAPの研修会に行った時に買った『副読本:TTAP 自閉症スペクトラムの移行アセスメントプロフィールTTAPの実際』を読んでいる。国内での実践事例をまとめた本だ。

ブックストア フロム・ア・ヴィレッジ

最初にTTAPの概要についての紹介がごくごく簡単にされて、続いて12の活用事例が紹介されている。それぞれの事例に対して、監修者の服巻先生がコメントをつけているスタイル。最後には、アメリカでのキャリア教育と移行支援におけるTTAPの位置づけが解説されている。

全般を通じて思ったこととして、アセスメント結果の報告の仕方を見ると顕著なのだが、いわゆる静的な(staticな)アセスメントとは大分違う。「〇〇な支援だと有効だった。」などと言ったような検査実施者の介入的要素に対する反応を報告していくところを見ると動的な(dynamicな)アセスメントの観点があるなぁと思う。

事例を読みながらメモしたことを残しておく。とりあえず、前半の6事例。

【事例1】
特別支援学校の作業学習での活用事例。具体的な指導目標を設定するために使うというよりは、支援方略の検討に活かす目的で活用している。行われている一つひとつの支援は実態に即しているのだろうけど、アセスメントの結果とのつながりがやや見えづらかった。「推奨される構造化」のページを示すなどもあれば、アセスメント結果の解釈と支援の根拠がつながってきたのではないかなと思った。

【事例2】
特別支援学校の作業学習における支援の2例を報告。この2例も、指導目標の設定のためではなく、支援の方略を探るためといった使い方である。アセスメントで通過した項目の構造化の要素を、作業学習の内容に落とし込んでいる例が紹介されている。学校現場で既に行われている授業の仕組みに載せようとすると、こういうタイプの事例報告が多くなるのかもしれない。

【事例3】
特別支援学校での学校生活全般に活かす事例。「TTAPのフォーマルアセスメントから①スケジュールやワークシステムの導入、②選択肢の提示による意思表出が有効であると考えられる。」と単に書いてあるのだが、アセスメントの結果のどの部分から、どういう風なスケジュールやワークシステムを導入するが有効だと考えられたかのプロセスを示してこそ事例の価値があるのではないかと思った。(おそらく「構造化による支援方法の提案」の部分を参考にしているのだろうが、だったらそのページこそをこの事例報告に載せるべきではないのだろうか。)

【事例4】
特別支援学校でワークシステムの導入に活かす事例。事例1や3と同じで、各項目から支援方略につなげるプロセスをもう少し丁寧に書いてほしかった。行われている支援としては、「①強化子の活用とワークシステムの導入、②言語に頼らない指示の必要性、③表出性コミュニケーションの不足を補う」など。ちなみにこの実践に対する服巻先生のコメントの中でリワードシステムという言葉が使われているがどの程度流行っている言葉なのだろうか。

【事例5】
特別支援学校で表出性コミュニケーションの支援に活用した事例。尺度間の違いに注目して、高い得点の出た学校/事業所尺度で行われている支援を様々な場面に活かすことを検討している。尺度毎に違った得点を出す魅力がここらへんにあるなぁと思うが、校内で追加して行った支援は書いてあるが、家庭での機能的コミュニケーション改善に役立てたかどうかは報告されていない。

【事例6】
特別支援学校で進路指導の支援に活用した事例。フォーマルアセスメントから有効な支援の在り方を検討し、それを基に体験実習先の環境調整、ケース会議、「進路サポートシート」、現場実習でのインフォーマルアセスメントの実施と、トランジッションに役立てているプロセスが分かり大変参考になる。移行のために使われるときにこそ真価を発揮するアセスメントだなぁと思う。


とりあえずここまで。



【関連】

nekomosyakushimo.hatenablog.com

自閉症スペクトラムの移行アセスメントプロフィール―TTAPの実際

自閉症スペクトラムの移行アセスメントプロフィール―TTAPの実際

アセスメントの実施と情報量の増減

アセスメントによって数字が出ると何か情報量が増えたような気持ちがしてくる。ところが実際の情報量としては減っているんじゃないかとかそんな話。

フォーマルアセスメントを実施すると言語理解指標が90だの、プランニング得点が115だの数値が出てくる。でも、これらの数値というのは、各種課題のもろもろの出来ぐあい(粗点)を同じ年齢の集団だったらどこに位置するかの値に(評価点)に換算して出てくる得点である。

なので、評価点は粗点に比べると情報量が少なくなる。評価点には同年齢の集団に対して、どの程度の位置にいるかという情報しかないが、素点には「どの課題を通過することができたのか」という具体的な意味がある。

粗点は課題に対する反応を一定のルールで数値化したものである。例えば、「ねことは何ですか」のような質問に「〜な回答だったら2点」「〇〇な回答だったら1点」「△△な回答だったら0点」といった具合で数字をつけて出されるものである。反応を数字に換算するにあたって、個々の具体的な回答の情報は捨てられている。

この意味で、粗点は「個々の課題に対する反応」よりも情報量が少なくなる。具体的な反応についての情報を「課題への通過の程度」という情報に圧縮しているのである。

また、検査で実施される各種課題というのを考えてみると、日常生活から隔離された環境において、一定の手続きをもって実施されている。能力を推定するに当たって環境要因の影響が少なくなるようにして実施されている訳である。

このようにして考えみると、検査の結果出てくる数字というのは、対象者の生きている現実から色々な情報を(一定の仕方で以て)捨てることで成り立っている数字だとも言える。

情報を捨てているというと悪いことのように聞こえるかもしれないが、捨てることによって見えてくるものがあったり、便利な点があるから捨てている訳である。例えば、情報の効率的な伝達など。Aさんのおおよその知能水準を伝えようとするのに、1日の行動をすべて文章にして書き起こしたものとIQ72と数字的に縮約したものでは、後者の方が効率的な伝達方法だし、専門家同士で解釈する分には支障がない。また、AさんとBさんの知能水準を比べるという目的があった場合に、1日の行動を文章で書き起こしたもの同士を比べると解釈は難しくなるが、IQを比べるのであれば解釈は比較的容易である。

ただ、アセスメントを実施したり解釈したりする人は、捨ててしまった情報のことを過小評価するべきではないと思う。「対象者が生きている現実」と「検査の結果出てきた数字」の距離感を忘れて、「検査の結果が〇〇だから現実でも▲▲になっていないとおかしい。」というように現実を歪める見方をしてしまっては本末転倒である。