猫も杓子も構造化

発達障害、特別支援などについて書いています。最近は心理学関係の内容が多めです。

小池敏英・北島善夫『知的障害の心理学ー発達支援からの理解』

知的障害の心理学―発達支援からの理解

知的障害の心理学―発達支援からの理解

内容は書名の通りで、知的障害について心理学でなされてきた研究の成果を紹介している。全3章の構成で、1章は知的障害の定義や分類などの基礎知識について。本書の大部分を占める2章は「知覚」「学習」「言語」「運動」など心理機能を12の領域に分け、それぞれの領域でなされてきた研究の手続きや結果などをたくさんの表やグラフとともに紹介している。3章は、知的障害と関わりのある「てんかん」「ダウン症」など他の紹介について簡単に解説している。

研究の成果をただ紹介するだけでなく、各節の最後の部分に研究結果から言えることを「発達支援の視点」としてまとめており支援者にも役に立つように書かれている。

ただ、心理学研究に明るくない人(私がそうなのですが)にとっては読み進めるのが大変かもしれない。というのも、専門用語が急に何の断りもなく出てきたりするのだ。例えば、2章6節の「言語の概念機能」という章はこんな文章で始まる。

言語の重要な機能として概念を表示する働きがある。図2-6-1は「オグデンとリチャーズの三角形」に基いて、言語、概念、物事の関係を表したものである。ことばと概念は、それぞれ能記所記として働く。記号は記号表現(能記)と記号内容(所記)との関係によって、有契的記号(イコン、インデックス)と無契的記号(シンボル)との分けることができる。物事は2つとして同じものはないので、共通的属性をとりだす概念の働きは重要である。(p.82)

本文中で太字になっている専門用語には用語解説のようなものがあるのだが、それが巻末にまとまっていればいいものの、ページの下部に余白があるときに解説が挟まれるのである。上で引用した中に出てくる能記所記についての解説は7ページ後の89ページに記載されている。

解説部分には「◆能記と所記(→p.82)」というようにその用語がどのページに出てきたかは載っているので、解説→本文、というたどり方はできるのだが、本文中で「この用語意味が分からない」となった際には、パラパラとページをめくりながら、その用語解説が記載されているページを探すという作業が必要になる。大変読者に優しくない設計である。

さて、読みづらさについての愚痴はここらへんにしておき、読んでいて考えたことを。

読み進めながら、紹介されている研究の実験デザインの多くは知的障害児(者)と精神年齢をそろえた健常児(者)を比べるものが多いなぁ、と思っていたが、本書のあとがきまで進むと心理学的知見を用いる際に必要な注意として次のようなことが書いてあった。

第1に「知的障害の平均的特徴を、知見としてきた」ことである。個々の子どもの情報は、平均的特徴からのちがいや隔たりに存在する。したがって平均的特徴を熟知したうえで、平均的特徴からの相違を、個々の子どもについて深く考慮し、働きかけに結びつけることが大切である。(p.233)

気になったのは、ここで言われている「(平均的な)知的障害者」というのを想定しその特徴を抽出することは可能なのか、ということである。

指導や支援を実際に行っていて感じることなのだが、例えば、同じような精神年齢にある知的障害児でも自閉症ダウン症では学習、言語使用、コミュニケーションなどは質的に随分と違っているものに思う。上記の引用の言葉で言うなら「平均的特徴からの相違」がすごい大きいのではないかと思うのだ(統計的に言えば分散が大きい)。で、もし、そうした個々のバラつきが大きいのであれば、それを一つの集団として扱ってよいのだろうか。

もっとも、これはデータに基づいた意見でなく、指導・支援上のただの印象なので何とも言えないのだが、本書で紹介されている実験について時間があれば元の論文にあたって調べてみたいと思った。