猫も杓子も構造化

発達障害、特別支援などについて書いています。最近は心理学関係の内容が多めです。

死人テストと他行動分化強化

行動分析について学んでいて疑問に思った点について書いてみようと思う。

死人テストとは

行動分析学の中に「死人テスト」という言葉がある。これは何が「行動」であって、何が「行動でない」かを決める際の基準で、死んでいる人にできることは「行動」とは見なさないという考えだ(サトウ・渡邊,2011, p.168)。

例えば、話すことは死人にはできないから行動であるけど、黙っていることは死人にもできるから行動ではない。また、食べることは行動だが、食べないことは死人にもできるから行動ではない。

行動分析の中で、強化や消去の手続きを経て変容させることができるのは、この死人テストを通過した意味での「行動」だとされている。

他行動分化強化とは

問題行動を減らす際に取られる手続きに分化強化というものがある。これは増やしたい行動のみを強化し、減らしたい問題行動は強化しない手続きのことである。

分化強化にも何種類があって、そのうちの一つが代替行動分化強化(DRA:differencial reinforcement of alternative behavior)だ。DRAとは、問題行動と同じ機能を果たしている代わりの行動を強化することである。例えば、花子さんの注目が得たくて「やーい、ブース。」と悪口を言う太郎くんの行動を変容させる場合、花子さんは「やーい、ブース。」と言われたときには無視し(注目を与えず)、代わりに「今日はいい天気だね」などと声を掛けられた場合のみに反応するよう(注目を与えるよう)にすると、次第に悪口が減り(消去され)、後者のような声のかけかたが増えていく(強化されていく)、といったような手続きのことだ。これはとても分かりやすい。

分化強化の違った種類として、他行動分化強化(DRO:differencial reinforcement of other behavior)というものがあり、この記事の本題はこちらである。これは、決められた時間の中で減らしたい行動が見られなかった場合に強化がなされる手続きである。例えば、井上・平澤・小笠原(2013)では、授業中に立ち歩いてしまう子どもに対して、1日立ち歩きがなかった際に、翌日の給食でおかわりができるようにすること、をDROの例として挙げている。

この場合、立ち歩きのない授業参加という行動(つまり、座って授業を受けるという行動)に対して強化が与えられているような気もするのだが、ミルテンバーガー(2006,p. 265)は以下のように述べている。

他行動分化強化という用語は混乱しやすく、この名称から、「別の行動を強化すること」と考える読者もいるかもしれない。確かにこの手続きでは、問題行動が起きていないことを強化する。しかし問題行動が起きていないときに別の行動が起きているかもしれないが、問題行動の代わりに強化する別の行動を特定しているわけではない。

あくまで、問題行動が起きていないことが強化の対象なのである。

死人テストと他行動分化強化の矛盾?

さて、ここで一つの疑問が生じる。死人テストによれば、変容することができる行動とは、死人にはできないことであったはずだ。しかし、授業中に立ち歩かないということは、死人にもできることなので、死人テストの基準では行動ではないはずだ。したがって、強化することができないはずである。この矛盾をどう考えればよいのだろうか。

とりあえず思いついたものを挙げてみる。

  1. わたしのDROの理解が間違っている。
  2. 死人テストを基準として用いない人たちがDROの手続きを用いている。
  3. DROは実は強化でなくて、負の弱化による手続きである。
  4. 実は別の行動が強化されている。

1は単純に、DROについてのわたしが誤解している可能性である。わたしは本を数冊読んで、限られた範囲でABA的なエッセンスを用いて実践しているだけのアマチュア中のアマチュアなので、ここでのDROの理解が間違っている可能性は大いにある。というわけで、読者の中でABAに明るい識者の方がいたらぜひコメント欄などで教えていただけると幸いです。

2はABAの中でも死人テストを採用する派閥とそうでない派閥がいるという考え方だ。死人テストを考えたのはLindsleyという研究者らしいが、ミルテンバーガーの本に死人テストのことは出てこないし、DROを用いる方々が、この基準を採用せずに、「◯◯しない」ということも行動とみなしているのであれば、強化をすることに矛盾はないとする考え方である。(その場合だと、行動と非行動の判別に何を基準としているかが気になるが…)

3は問題行動が起きた際に、ご褒美が取られてしまうという原理で行動が変容しているという考え方だ。問題行動を起こさなければ、ご褒美が与えられるというのは裏を返せば、問題行動を起こせばご褒美が没収されるということだ、先の例の場合、立ち歩きをすることによっておかわりが没収されてしまうから、立ち歩きが減少したという説明だ。この場合、行われている手続きは、正の強化ではなく負の弱化の原理が働いていると考えられる。

4は、先に引用したミルテンバーガーの説明を否定することになるが、実は別の行動を強化しているという考え方である。立ち歩きの例で言えば、強化されている行動は座って授業を受けるという行動であり、この場合だと分化強化の別種である非両立行動分化強化(DRI:differential reinforcement of an incompatible behavior)になると思う*1。あるいは、強化する行動を特定することはしないものの、問題行動が起こっている以外のすべての行動を強化していると考えることもできる。先の例なら、黒板を写すのも、机に突っ伏して寝るのも、友達と話すのも、内職するのも、とりあえず立ち歩きをしていない行動は全部強化する。その結果、相対的に立ち歩きが減っていくという考え方だ。でも、このケースを「◯◯しない」ことを強化していると言って良いものなのか…


いずれの考え方が正しいのかは、ちょっと今の自分の知識だとよく分からなそうなのでもう少しABA関連について学んだらまた考えてみたい。とりあえず、Lindsleyがどういう文脈で死人テストを考案したかは調べていつか記事にできたらと思う。


【参考文献】
井上雅彦・平澤紀子・小笠原恵(2013)『8つの視点でうまくいく!発達障害のある子のABAケーススタディ アセスメントからアプローチへつなぐコツ』中央法規
ミルテンバーガー, R. G.(2006)『行動変容法入門』(園山繁樹・野呂文行・渡部匡隆・大石幸二・訳)二瓶社
サトウタツヤ・渡邊芳之(2011)『心理学・入門ー心理学はこんなに面白い』有斐閣

*1:DRIでは問題行動と両立しえない行動が強化される。立ち歩く行動と座っている行動は両立しないため、座っている行動が増えると必然的に立ち歩く行動は減る。ちなみに、ミルテンバーガーの本だとDRIはDRAの一種という説明がされているが、井上・平澤・小笠原の本だと別種の分化強化として扱われている。