猫も杓子も構造化

発達障害、特別支援などについて書いています。最近は心理学関係の内容が多めです。

進一鷹『知的障がい・自閉症・学習障がいの子どもへの学習支援ー<ことば・文字・数>の学習と指導の実際』

文字や数の学習などの教科学習に至る前の段階から、初期の教科学習に至るまでの指導を豊富な教材例を紹介しながら解説している。立松(2009)による『発達支援と教材教具』(ジ・アース教育新社)や大高(2010)『知的障害のある子への「文字・数」前の指導と教材』(明治図書)などと取り扱っているテーマは似ている。

ページをパラパラとめくってみると分かるがとにかく図が多い。というのも、この本の核となる部分は教材の工夫による学習支援である。教材を用いた具体的な指導の場面をイメージするのに豊富なイラストは非常に助かる。

指導の順序性や系統性を重視しているのも特徴である。学習の段階を細かく区切り、それらの学習を順番に進めていけるように教材の工夫がしてある。

以下、読みながら考えていたことなど。

「文字」から「音声」の視点

この本の2章では、ことばを学習する順序として、定型発達では「音声言語」から「文字言語」という順序をたどるが、発語がない知的障害などの場合に「文字言語」から「音声言語」を学ぶ方が効果的な場合もあることが紹介されていている。無理矢理に定型発達と同じ道筋を辿らせるのではなく、学習プログラムを組む上で取り扱いみやすい文字言語を用いて学習を促進しようとするのは面白い視点だと思う。

PECSについての本を昔読んだ際も、絵カードという自閉症にとって扱いやすい「言語」によるコミュニケーションを教えることで、結果的に(副産物的に?)音声での発語が促進される例が紹介されていたと思うが、そうしたこととも通じるものがあるのではないかと思う。

ただ、PECSの場合はあくまで機能的コミュニケーションの手段として絵カードを使っており、そもそもコミュニケーション自体が成立しづらかったところに、意味あるコミュニケーションが促進されたため、音声言語の獲得につながっていったのだと思う。それと比べると、この本で紹介されている文字から音声というのは、認知に関する学習の延長として文字を捉えており、それが機能的コミュケーションの素地となる音声言語の獲得につながるのかというと疑問は残る。

事例にでてくる子どもは、文字から音声の手順で学習を進めている。音声で10語程度発語ができるようになった時点で「こ・ん・に・ち・は」と一音一音区切って発語するようになったようだが、そうして獲得した語が「こんにちは」というひとかたまりの単語として学習され、その単語が機能的にコミュニケーションに使われるようになるかはとても気になるところである。

学習障害について

著者は学習障害に特有の学び方はないと考えており、あとがきで次のように述べている。

[この本のタイトルが長いのは]筆者はことば・文字・数の学習に関して言えば、知的障がい児のことば・文字・数の学習というように、それぞれの障がいごとにことば・文字・数の学習があるというようには考えてないからです。知的障がい児、自閉症児、学習障がい児のいずれの障がい児でも学習の道筋は同じです。

著者は知的障害児や自閉症児とは長年学習に関わってきたが、学習障害児と関わるようになったのは最近のことと書いている。その学習障害児らに著者らの学習の考え方が適用できたことが、上記の考え方の根拠になっているらしい。

しかし、何名かの事例をもとに学習障害全体に、その学習の道筋を適用できると考えるのはいささか安易であると思う。例えば、読み書きに苦手さを持つLDの場合には、この本で紹介されたことばの学習とは大きく違った道筋でことばを身につけると思うし、文字の読み書きの苦手さもその背景が「音韻処理」なのか「視覚認知」なのかによって支援も学習の内容も変わるはずである。これらを同じ学習の道筋といってよいものか。

心理検査等を事細かに見ていってもあまり実りが多くないと著者は書くが(p.7)、『LD研究』の事例などを見てみると認知の偏りに配慮した学習支援というのは一定の成果をあげているように思う。




発達支援と教材教具 子どもに学ぶ学習の系統性

発達支援と教材教具 子どもに学ぶ学習の系統性