猫も杓子も構造化

発達障害、特別支援などについて書いています。最近は心理学関係の内容が多めです。

ASDの視覚処理研究は母集団を適切に代表しているのか

Frontiers | Vision Research Literature May Not Represent the Full Intellectual Range of Autism Spectrum Disorder | Frontiers in Human Neuroscience


今までに行われてきたASDの視覚処理研究の研究参加者の属性についてIQの観点から検討した論文。いわゆるボーダーや知的障害圏内のIQに比べて、平均(IQ=90-110)やそれ以上のIQを持つASD者がより研究に参加していることを明らかにしている。想定されるASDと知的障害の併存率(40%)に対し、視覚処理の研究ではそれより少ない率(20%)しか知的障害の併存が認められないことから、サンプリングに偏りがあるとし、視覚研究の結果をASD全体のものとして一般化する危険性について論じている。

今後の研究に求められるものとして、IQ80以下であるASD者からもサンプリングしていくべきだとのことであるが、このサンプリングの偏りの背景にあるデータ収集に関わる難しさにも触れつつも、幼児実験のデザインや言語指示や注意の持続に頼らないテクノロジーの使用などなどを用いてデータを収集していく可能性に触れいている。

佐々木正人『新板アフォーダンス』

新版 アフォーダンス (岩波科学ライブラリー)

新版 アフォーダンス (岩波科学ライブラリー)

ギブソンにも入門する必要があり読んだ。理論の解説のみでなく、ギブソンの人生を紹介しつつ思想の変遷を辿っているので楽しく読めた。学術的なしっかりしたものに入る前の準備運動的なことをしっかりしておかないと挫折してしまいますしね。

坂上裕子ほか『問いからはじめる発達心理学』

読んだ。自分が心理学周辺の知識を知らなすぎて困ってしまうのでコツコツと学んでいる。

有斐閣ストゥディアというシリーズは認知心理学のときにも買ってみて良かったので今回も買ってみた。当該分野の面白さや魅力を伝えるよう意識しているのか堅苦しくない感じが良い。もちろん個別の領域を深めるためにはより専門なものに進んでいく必要があるとはいえ、きっかけづくりとしてはこの程度ボリューム感が丁度よいと感じた。欲を言えば、ブックリストみたいなものが章末についていると良かったかな。

内容としては、わたしが実験系心理学に関心があるので、乳幼児の理解を確認する方法(選考注視法や馴化-脱馴化法など)やそれを用いた有名な実験についてが印象に残っている。

また、発達心理学と聞いて子どもの発達が中心的な内容だろうと(勝手に)想定していたが、生涯発達という観点から老年期まで射程に入っていて勉強になることが多かった。

発達心理学に入門したいという方には初めの一冊にどうぞ。

Spearman(1904)のメモ

"General Intelligence," Objectively Determined and Measured on JSTOR

長い。90ページもあるのはやめてほしい。

全ての知的活動の根底にあるg因子を発見したということで知能の二因子論の始まりとなる論文なわけだが、この時点ではまだg因子という言葉は使っていない。結論部では次のような書き方をしている。

The above and other analogous observed facts indicate that all branches of intellectual activity have in common one fundamental function (or group of functions), whereas the remaining or specific elements of the activity seem in every case to be wholly different from that in all the other. (p.284)

ASDと心の理論と

先日の記事で「心の理論」のチンパンジーを対象とした元論文について書いた。

nekomosyakushimo.hatenablog.com

書いている中で、そういえば私はバロンコーエンのオリジナルも読んだことが無かったことに気がついたのでそれにも目を通してみることにした。

Does the autistic child have a “theory of mind” ? - ScienceDirect

10ページもない短さがとても良い。やっていることは至ってシンプルで、定型発達、ダウン症ASDの3群に対して誤信念課題を実施してその通過率の差を検討しているだけ。検定もカイ二乗検定および、偶然かどうかを確かめる二項検定しか出てきませんし。

誤信念課題とは、他者が「誤って思っている」状態(誤信念)を適切に推論できるかを見るもので、サリーとアンの課題が有名である。ググればたくさん出てくる。日常生活で使うところの、「あるものを価値づけて信じこむ」みたいな「信念」とは用法が違うので注意が必要である。

結果をかいつまんで書くと、まず名称の質問(naming question)については全ての実験参加者が通過した。事実の質問(reality question)および記憶の質問(memory question)についても一人を除き全ての実験参加者が通過している。つまり、参加者はどっちがサリーでどっちがアンかを区別しており、今現在実際にマーブルがある場所および、最初にマーブルがあった場所についての理解は正確であるということだ。

しかし、「サリーがどこを探すと思うか」の信念の質問(belief question)については、定型発達群・ダウン症群がそれぞれ85%/86%と通過する一方で、ASD群は20%しか通過することができなかった。このことから、ASD児は自身の知識の状態と他者の知識の状態の差を分けて評価する能力が障害を受けている可能性が示された。そして、より重度の知的障害を伴っていたダウン症が誤信念課題を通過できていた一方で、通過できないASD児が多かったことから、この障害は一般的な知的能力の低さには還元できない独立したものである可能性が示された。

ちなみに、共著者にフリスが入っているが、バロンコーエンの指導教官であったということを、関連した調べ物をする中で始めて知った。色々な研究者を輩出している研究室なんですね。

チンパンジーと心の理論と

ASD児者が心の理論に障害を持っているという仮説は、イギリスのバロンコーエンが最初に提唱したものである。少し詳しい人であれば、この心の理論というのは最初は、霊長類研究者であるプレマックとウッドルフがチンパンジーについて検討したものだということも知っているであろう。「チンパンジーは心の理論を持つのか(Does the chimpanzee have a theory of mind?)」という題でThe Behavioral and Brain Sciences に掲載された論文はとても有名である。

Does the chimpanzee have a theory of mind? | Behavioral and Brain Sciences | Cambridge Core

私は論文の名前は知っていたのだが、実際にプレマックとウッドルフがどのようにしてこの命題を検討したかについては知らなかったので抄録と中身を少し読んでみた。

この実験では、サラというチンパンジーに対して、人間の役者が困っているシーンを撮影したビデオテープを見せたようだ。そのシーンは、食べ物を取ることができなくて困っているような単純なものと、(役者が)鍵のかかったケージから抜け出せなかったり、動かないヒーターを前に寒がっているシーンだったりとやや複雑な問題場面のものである。

ビデオテープの最後の部分で映像を止め、その問題を解決できるもの(例えば、ケージを開けるための鍵など)を含む選択肢を写真で提示し正しいものを選ぶことができるかが記録された。最初の試行では、選択肢には全然関係ないものを含めて提示を行い、続く試行ではより微妙な差の選択肢(例えば、そのままの鍵、ねじれた鍵、壊れた鍵)が提示された。

最初の選択肢の系列では、サラは一度も間違うことなく写真を選ぶことができたようである。続く差がより微妙な選択肢の系列でも、サラは12回の選択中1回しか間違わなかったようであり、このことは単純な問題と道具を物理的にマッチングさせているだけでなく、役者の意図や目的を推論して行動していることの根拠とされたようである。

この他にも論文では、サラが好きな飼育員とあまり好きでない飼育員を役者にした場合などより詳細に検討を行っているが、詳しく知りたい方は元論文にあたられると良いだろう。

心の理論というと、サリーとアンなどの誤信念課題で考えるものという程度の理解しかなかったので、チンパンジー相手にどのように測定するのかは大変興味深かった。

3つ組はセットで考えるべきか

link.springer.com

ASDを考えるときに有名な三つ組(triad)というものがある。これは、社会性、コミュニケーション、想像力の3つの症状からASDを考えましょうと、イギリスの児童精神科医のウィングが提唱したものである。

この三つ組を考えるとき、これらが単一の共通のメカニズムから出てきたものか、別々のメカニズムから現れてきたものかは冒頭のハッペとロナルドの論文以来、議論になってきたようだ。2014年にはAutismにおいてこれをテーマに特集号も組まれている。巻頭の編集者のコメントはアクセスがフリーでだれでも読める。

http://journals.sagepub.com/doi/full/10.1177/1362361313513523


ハッペらの論文では、双子研究のデータと関連論文のレビューを通して、三つ組はそれぞれが大部分独立した遺伝子によって現れる症状であるとの仮説を提案している。そして、そうした前提に立って進めていく研究を"the fractionable autism triad approach"と称し、新たな問いや理論的/実践的意義につながる可能性を論じている。

"fractionable autism triad"は日本語で紹介しているものはざっと調べたところなさそうだが、fractionが断片や破片とかの意味なので、「断片化可能な自閉症の三つ組」あるいはもう少し簡単に「分解可能な自閉症の三つ組」とでも言っておくべきだろうか。

この研究とは直接的に関係ないが、弱い中枢性統合仮説の最初期は心の理論障害の原因となるメカニズムだと想定してリサーチを進めていたのが、社会的な情報処理、非社会的な情報処理は別のメカニズムであると主張を変えるようになった歴史がある。

nekomosyakushimo.hatenablog.com

そんなことを考えながら、単一のシンプルな機構で捉えられない障害像の多様性というのがASD研究の持つ難しさなのかもしれないと再認識をした。そしてそれはDSM-Vでスペクトラムという範疇を採択したことにより、白か黒かのカテゴリーの話から濃淡の話になったのでよりモデルの構築に工夫が求められることを意味しているのかもしれないということを思った。