猫も杓子も構造化

発達障害、特別支援などについて書いています。最近は心理学関係の内容が多めです。

理論的な根拠と言うけれども

自閉症の人に対する構造化という支援の手法がある。わたしのブログのタイトルにもなっている。

先日友人と話す中で、それに関連して次のような質問を受けた。「自閉症の人の認知の仕組み(例えば、実行機能障害や弱い中枢性統合など)を明らかにすることは、構造化という介入に対する理論的根拠を与えることになるのか。」細部は違うと思うが大意はこんな感じだったと思う。

これについて真面目に考えてみたのだが、考え始めるとなかなかに難しい問題だということに気づいた。せっかく考えたことでもあるのでメモしておこうと思う(まとまってはいないが)。

まず、理論的根拠という言葉をどういう風に扱うかということが問題になろう。「理論」の主な役割というのは科学哲学の教えるところによれば現象の「説明」および「予測」であったと記憶している(うろ覚えだが)。そうなると、一体「何の現象」を説明して予測するのかということが次に考えることだろう。

行動分析をベースにした考え方をとれば、ある介入が説明し予測するものは、対象者の行動である。それが適応行動の増加だろうが問題行動の低減であろうが、行動の次元で起きる何かしらの変化を説明し予測できるかが行動分析家にとっての主な関心だろう。

行動分析家が行動上の変化を説明する場合、強化と弱化の原則を基本とした三項随伴性という概念が用いられる。先行条件、標的行動、結果事象の関係性の変化をもって、行動上の変化を説明する。

また、理論は行動上の変化の予測を可能にする。だからこそ、行動分析家はベースラインと介入期というものを分けて捉える訳だし、ベースライン期と介入期を操作することによって(一般的にはABABデザインで)、その理論の検証を行おうとする訳である。

このように考えると、行動上の変化を説明し、予測するだけであれば、介入と変化における関数関係が確立できれば良いわけで、何も内的な概念を導入する必要はない。

一方で、三項随伴性という道具を用いないで行動の変化を説明しようとする立場もあるだろう。

『TEACCHとは何か』(エンパワメント研究所)という、TEACCHプログラムの中心的なメンバーが書いた本があり、その中に「構造化された指導法の理論的裏づけ」という章がある。そこでは、例えば実行機能と構造化の関連が次のように書いてある。

実行機能とそれに関する情報の順序立ての問題は、ASDの人が日常生活の流れを理解し、それに沿って行動することを困難にしている。自分が何を、どのような順序で遂行すべきかを理解できないことが不安の大きな原因となり、問題行動につながっている。そのため、視覚的な1日のスケジュールは、構造化された指導法のアプローチの重要な構成要素の一つとなるのである。(p.89)

ここでは、問題行動の原因が不安にあり、その不安は実行機能の障害によりもたらされているという説明がなされている。図式的に表すと以下のようになろう。


実行機能障害 → 不安の増大 → 問題行動


従って、問題行動を引き起こしている不安を減らすこと、不安を引き起こしている実行機能障害に対してアプローチをとることが、問題行動低減の説明になるだろう。TEACCHの人たちによる問題行動の低減の説明を図式的に表すと、次のようになるだろう。


構造化 → 不安の低減 → 問題行動の低減


行動分析の説明のモデルと比べると、「実行機能」や「不安」などの概念を挟んでいる分、現象の説明についてはやや間接的な印象を受ける。間接的である分、注意しなければならない点もいくつかあるように思う。

まず、最初の図式の1つ目の矢印である「実行機能障害」が「不安を増大」するのかということについて。また、そうなのであれば、実行機能障害の程度がどの程度の不安の増大を予測するのかということが問題になろう。『TEACCHとは何か』の本で、ASDの実行機能障害の根拠として挙げられているのが、Sally Ozonoffによるレビュー論文である(Ozonoff, 1995)。その中でOzonoffは、ASDの実行機能について調べた実証的研究を紹介しているが、それらの多くの研究は、ウィスコンシンカード分類課題やハノイの塔の課題などの神経心理学的課題の成績を他の群と比較したものである。では、そうした神経心理学的課題が低かったことをもってして、それがASDの不安につながっていると言って良いかは十分に検討しなければならない。

また、2つ目の矢印である「不安の増大」が「問題行動」につながるのかということも検討事項に思う。直感的には関連ありそうな気もするが、それは問題行動の原因ではなくあくまで誘発要因ではないだろうかというのが、行動分析的な考え方に毒されている人間の感想である。さらに、2つ目の図式の最初の矢印である「構造化」が「不安」を減らしているかというのも検証が必要であろう。

いずれの点も、内的なものを原因であったり結果であったりに捉えているので、その因果関係の検証がしづらい(できないという訳ではない)ので十分に気をつけて見る必要があるだろう。細かなことを言っているようではあるのだが、この因果関係が明らかにならない限り説明のモデルとしては成立しないのであるから仕方がない。

さて、一番最初の「自閉症の人の認知の仕組みを明らかにすることは、構造化という介入に対する理論的根拠を与えることになるのか」という質問についてだが、条件を満たせば理論的根拠を与えるだろうというのが今のわたしの理解である。

条件というのは、「内的な認知構造」と「介入の結果としての行動上の変化」に妥当な因果関係が確立していることである。それをすることなしに、「実行機能」がどうたらとか「中枢性統合」がどうたらとか、「かっこいい(あるいは難しそうな?)」言葉を振り回して、もとの研究の射程を越えたレベルの推論をするのは、科学を装ったインチキなのではないかと思ったりする今日この頃である。とりあえず、認知的な特徴についての研究が一体、何を説明できて、何を説明できないのか注意して議論するべきだろうと思う。

この問題については、また改めて考えたい。


参考
Ozonoff, S.(1995). Executive functions in autism. In Learning and Cognition in Autism, E. Schopler and G. B. Mesibov, eds. New York: Plenum Press, pp. 199- 219.

TEACCHとは何か―自閉症スペクトラム障害の人へのトータル・アプローチ

TEACCHとは何か―自閉症スペクトラム障害の人へのトータル・アプローチ

  • 作者: ゲーリー・B.メジボフ,エリックショプラー,ビクトリアシェア,Gary B. Mesibov,Eric Schopler,Victoria Shea,服巻智子,服巻繁
  • 出版社/メーカー: エンパワメント研究所
  • 発売日: 2007/03
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